FMEA規格:AIAG & VDA、IEC 60812、業界要求を整理する
FMEAの規格小史
FMEAは、思っているよりずっと古い手法です。
もともとは航空宇宙や防衛のような高信頼性分野で、故障がミッション達成や安全性にどう影響するかを体系的に見る必要から発展してきました。その流れの中で歴史的に重要なのが MIL-STD-1629A です。正式名称は Procedures for Performing a Failure Mode, Effects and Criticality Analysis で、1980年11月24日 の文書です。かなり古いですが、FMECAの考え方に強い影響を与えた資料として今も参照されます。
その後、FMEAは防衛だけでなく、自動車、産業機器、電子機器、医療機器などに広がりました。そして業界ごとに、必要な粒度や強調点が変わっていきました。 自動車ではサプライヤ連携しやすい構造化手法へ、国際標準ではより汎用的なFMEA/FMECAへ、医療ではリスクマネジメント全体の一部として、航空宇宙ではクリティカリティ重視の流れが残っています。
つまり、「FMEAの唯一絶対の規格」が一つあるわけではありません。 業界ごとに中核となる文書群があり、自分の業界と顧客要求に合うものを選ぶ、というのが実情です。
AIAG & VDA FMEA Handbook(第1版 2019)— 事実上の標準
自動車分野で今いちばん重要なのは、AIAG & VDA FMEA Handbook First Edition(2019年6月発行) です。これは、従来のAIAG流儀とVDA流儀を一本化するために作られたハンドブックで、DFMEA、PFMEA、Supplemental FMEA for Monitoring and System Responseの実務ガイドとして位置づけられています。文書自身も、これは要求事項そのものを定義するものではなく、参照用の手引きであると明記しています。
ここは大事です。 AIAG & VDAは法律でも認証規格そのものでもありません。 ただし現場感覚では、現在の自動車FMEA実務の事実上の標準 です。OEMやTier1とのやり取りでは、この構造で話ができることが期待されるケースが非常に多いです。
2019版が重要なのは、以前の AIAG FMEA 4th Edition(2008)と VDA Band 4系の考え方を統合した点にもあります。これにより、サプライヤと顧客でFMEAの話法を合わせやすくなりました。
さらに大きいのが、RPN中心運用からAP(Action Priority)重視への移行 です。 これは単なる表現変更ではありません。同じRPNでも、Severityが高いのか、Occurrenceが高いのか、Detectionが弱いのかで実務上の意味はかなり違います。APは、その違いをより実務的に扱うための考え方です。
またAIAG & VDAは、一般に7ステップの流れで整理されます。 計画、構造分析、機能分析、故障分析、リスク分析、最適化、結果整理という流れで、単なる表埋めになりにくいのが利点です。
FMEAそのものの意味から押さえたいなら FMEAとは?ハードウェアエンジニアのための実践ガイド、作り方を見たいなら DFMEAの作り方:例つきステップバイステップガイド がつながります。
IEC 60812 — FMEA/FMECAの国際標準
自動車の実務基準がAIAG & VDAだとすると、より広い国際規格として重要なのが IEC 60812:2018 です。
この規格は、FMEAおよびFMECAをどのように計画し、実施し、文書化し、維持するか を説明する国際標準です。目的としては、アイテムや工程が機能を果たせなくなる可能性を明らかにし、必要な対策につなげることが示されています。つまり、かなり汎用的で、業界横断的に使いやすい基準です。
IEC 60812は自動車専用ではありません。 そのため産業機器、一般電子機器、インフラ設備、プロセス産業、非自動車のハードウェア開発全般で使いやすいです。
さらに、FMEAだけでなく FMECA まで含むのもポイントです。クリティカリティを明示的に重く扱いたい分野では、この性格が合います。
ざっくり整理すると:AIAG & VDA = 今の自動車現場で強い実務ハンドブック。IEC 60812 = より広い国際的なFMEA/FMECA標準。
自動車顧客がいないハードウェア開発なら、IEC 60812を中立的な基準として採用するのはかなり筋がいいです。逆に、自動車OEMやTier1と話すなら、AIAG & VDAの方が通じやすいです。
自動車の要求事項(IATF 16949)
自動車分野で品質マネジメントの土台になるのが IATF 16949:2016 です。
ここで実務上押さえるべきポイントはシンプルで、自動車ではリスクベースの開発と品質保証が求められ、その流れの中でFMEAは深く組み込まれている ということです。顧客固有要求も含めると、現場感覚ではFMEAはほぼ必須と考えた方がいいです。
だから、多くの実務者が「自動車ではFMEA必須」と言います。 開発・量産品質の実務としてFMEAをやらないのはかなり非現実的です。現在の方法論としては AIAG & VDA を前提に動くのが一番自然です。
ここでの整理:IATF 16949 = 品質マネジメントとリスクベース思考の枠組み。AIAG & VDA = FMEAをどう実務として回すかの主な方法論。
つまり、自動車での問いは 「FMEAをやるかどうか」ではなく、「顧客に通る形で、どうFMEAを実施・維持するか」 です。
医療機器の要求事項(ISO 14971, IEC 62366)
医療機器は、少し文脈が違います。
中核になるのは ISO 14971:2019 です。正式名称は Medical devices — Application of risk management to medical devices。この規格は、医療機器のためのリスクマネジメントの原則・用語・プロセス を定めています。大事なのは、ISO 14971はFMEAそのものを義務化しているわけではない という点です。義務なのは"リスクマネジメントのプロセス"であり、FMEAはその中で使える手法の一つです。
ここを取り違えると危ないです。 「FMEAをやった」ことと、「医療機器のリスクマネジメント要求を満たした」ことは同じではありません。
さらに重要なのが IEC 62366-1:2015、および改訂込みの IEC 62366-1:2015+A1:2020 です。これは医療機器のユーザビリティエンジニアリング、つまりヒューマンファクターと安全の関係を扱います。医療では、部品故障だけでなく、使用エラーによる危険 が大きいからです。
医療機器では、こう捉えるのが実務的です:ISO 14971 = 必須のリスクマネジメント骨格。IEC 62366-1 = 使用性・ヒューマンファクター安全。FMEA = その中で有効な技法の一つ。
航空宇宙・防衛(SAE ARP5580, MIL-STD-1629)
航空宇宙・防衛では、FMEA/FMECAの文化がかなり強く残っています。
歴史的な代表が MIL-STD-1629A で、正式名称は Procedures for Performing a Failure Mode, Effects and Criticality Analysis です。この文書は、FMECAをミッション達成、安全、性能、保全性などへの影響を体系的に評価する方法として位置づけています。
より現代的な参照先としては SAE ARP5580 があります。SAEはこれを、非自動車アプリケーション向けのFMEA推奨実務として位置づけており、安全性や信頼性の評価にFMEAを使う組織を対象としています。
つまり航空宇宙・防衛では、自動車のようなAP中心の流れよりも、FMECAやクリティカリティの考え方 がより色濃く残ることが多いです。
どの規格に従うべきか?
実務向けに整理します。
自動車なら — IATF 16949 と顧客固有要求を前提にしつつ、AIAG & VDA FMEA Handbook(2019) を主な実務基準として使うのが基本です。
一般産機・電子機器・非自動車ハードなら — 中立的な国際標準として IEC 60812:2018 を軸にするのが自然です。顧客がAIAG & VDAに慣れているなら、その構造を借りるのもアリです。
医療機器なら — まず ISO 14971:2019 を起点にしてください。FMEAは使えても、それだけでは足りません。使用エラーやUIの安全問題があるなら、IEC 62366-1 も重要です。
航空宇宙・防衛なら — FMECA の文脈を強く意識しつつ、MIL-STD-1629A および SAE ARP5580 を見るのが筋です。
スタートアップで特に縛りがないなら — おすすめ:(1) 中立基準として IEC 60812 を置く、(2) 運用しやすさのために AIAG & VDAの構造 を借りる、(3) 製品リスクに応じて粒度を調整する。
すぐ始めたいなら、準拠しやすい FMEAテンプレート から入るのが手堅いです。
全体像:どの業界でも、故障を先回りして考えるという原理は同じ。違うのは、どの規格や業界要求に合わせて運用するか です。
FAQ
Q: 現在の自動車向けFMEAの主流は何ですか?
A: 現在の自動車実務で中心的に参照されるのは AIAG & VDA FMEA Handbook First Edition(2019年6月発行) です。規制そのものではありませんが、事実上の標準的な実務手引きです。
Q: IEC 60812とは何ですか?
A: IEC 60812:2018 は、FMEAおよびFMECAの計画、実施、文書化、維持 を説明する国際標準です。
Q: IATF 16949ではFMEAが必要ですか?
A: 自動車実務では、はいと考えるのが自然です。品質マネジメントとリスクベース開発の流れの中で、FMEA活動はほぼ前提になっています。
Q: ISO 14971はFMEAを必須にしていますか?
A: いいえ。ISO 14971:2019 が求めるのは医療機器のリスクマネジメントプロセスです。FMEAはその中で使える手法の一つです。
Q: RPNはもう現行推奨ではないのですか?
A: 少なくとも現在の自動車寄り実務では、AIAG & VDA 2019 の大きな変更点の一つが RPN中心からAP中心への移行 です。